第参拾九話 変貌破壊され尽くしたビガプールの市街地の中に、睡眠用に設置されたテントの中の仮眠ベッドで眠っていたキャロルは、テントの外で聞こえた何かの羽ばたく音で目が覚めた。「…?」 キャロルが傍に置いてあった『ゴア・スパウト』を手に恐る恐る外に出ると、そこにはランディエフがいた。 だが、月明かりに照らされた彼の容姿は、キャロルが眠る前と全く違っていた。 彼の背中には、紅龍のように赤黒い翼が生えていた。さっきの羽ばたきの音は、恐らくこの音だったのだろう。 ランディエフは彼女に気付くと、小さく呟く。 「…キャロル…か」 彼は翼を背中に折り畳むと、唖然とするキャロルに説明するように語り掛ける。 「…驚かせて悪かった。この翼、先程背中に違和感を感じたので起きてみたら…生えていた」 彼の言葉に焦りは感じられない。尚も続けて言い放つ。 「恐らく、移植したこの左腕のせいだろう…この紅龍の腕が、先程の俺の憎悪や怒りに呼応し、力を与えた」 キャロルには彼の言葉がひどく遠いものに感じられる。何を言っているのだろうか?彼は? 「…俺自身も、信じられない事ばかりだが……奴等の仲間では無いということはわかってほしい」 内心、キャロルはハッとした。自分でも知らずしらずのうちに、その可能性を考えていたことに気付く。 「…じゃあ、お休み」 そういって、自分のテントに戻ろうとする彼を、キャロルが慌てて言いとめる。 「あ……あの…」 「…?」 「…私も、貴方の言う事はこれっぽっちもわからない事ばかりでちょっと混乱しています……」 ランディエフが少し鎮痛な表情を浮かべる。だがキャロルはそのまま言葉を続けた。 「…あんな奴等の仲間じゃないってことは…私もラムサスも、みんなも絶対理解していると思います…それだけは信じてください……」 「…そう…か…」 彼は尚も表情を変えず呟き、言葉を返した。 「ありがとう…お休み」 その返事にキャロルも「お休みなさい」と返すと、自分のベッドに戻っていった。 だが彼女はランディエフの瞳の奥に灯された、決して消える事の無い憎悪の炎が燃え上がっていたのに気付くことはなかった。 「ネビスモ…死ンダトイウノカ…?ゼグラム…?」 「…はい。私がいながら、ネビスを死なせてしまい、詫びる言葉もありません」 戻った紅龍から報告を聞いた祖龍は、自分を特に慕ってくれた少女の姿を思い出し、表情を翳らせた。 中でもショックを受けたのは、クロードであった。 「ま、待ってください、紅龍様…」 クロードは縋るような声で、紅龍に聞き返す。 「本当の事を言ってくれよ…ネビスは死んでないんだろ?」 「…そうでありたいと、私も思っていますが…」 わなわなと震えるクロードに、紅龍はわざとらしい鎮痛な表情で告げる。 「…全て本当の事で御座います…クロード殿…」 「そんな……」 クロードは未だにその言葉が信じられず、うめきながら頭を振った。 ここに来る前のセルフォルスとネビス、そして自分の3人で過ごした日々が走馬燈のようにクロードの頭を駆け巡る。 色々と迷惑をかけた自分にも、いつも優しかったネビス。 その彼女がもう、この世にはいないのだ。 殺されてしまった。黒龍と同じように、もうここには帰ってこないのだ。 「…ネビスを殺したのは、例の剣士です。クロード殿」 「…なんだって?」 その言葉を聞いたクロードが、怒りに身を震わせていることに紅龍ははっきりと理解できる。 ・・・・・・ 自分は間違った事は言っていない。止めを刺したのはあの剣士なのだ。 怒りに震えるクロードを後に、紅龍は自室で眠っているもう一人の少年の元へ向かった。 カプセル状の密閉されたベッドの中で、セルフォルスが眠っていた。 ・・・・・・・ 彼は今、死んだネビスの事等を忘れている最中であった。 ビガプールから帰る際に、例の廃棄施設に再び紅龍は立ち入り、その中の資料や装置等をこの部屋に持ち込ませたのだった。 このカプセル状のベッドは、眠っている対象の状態を最適にすると共に、脳に直接作用し、記憶の消去や植付けなどすら行うことができるモノだった。 何年も行動を共にしてきたネビスの事を完全に忘れるのは、いささかひどい仕打ちのようにも思える。 だが、紅龍にはそんなことなどどうでもいい。自分に素直に従わない手下など、いならいのだ。 彼はベッドで眠る無垢な少年に、悪魔的な笑みを向けた。 |